石見銀山の価値

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青山家

青山家住宅は、6軒の郷宿の一つである田儀屋でした。1800年代半ばに建てられたこの住宅は、2階建ての家と蔵のどちらもがオリジナルの外見を保っています。白い漆喰の壁と色の屋根瓦で、切妻の一端に玄関があります。これは大森町ではほとんど見かけない形態です。江戸幕府が石見銀山を直接管理に置いて行政官に監督させていた江戸時代、郷宿は社会システムの一部でした。行政官は、鉱山そのものだけでなく、150ほどの村々を含むその周辺の土地も管理していました。こうした村々の住民は、代官所で公務を行うために大森の町へ出かける必要がありました。このため1700年代の半ばには郷宿のシステムが確立し、このシステムの元で村々は六つのグループに分けられました。各グループが一つの郷宿を割り当てられ、村々からやってきた人々が大森に滞在中はそこに宿泊しなければなりませんでした。代官が大森の豪商らにこの業務を請け負わせ、郷宿は代官所から出された法令等を各村々に伝達する役目も負いました。青山家は現在も個人が所有する住宅で、一般公開されていません。