石見銀山の価値

銀鉱山エリア

大森町並みエリア

街道・山城エリア

港と港町エリア

銀鉱山エリア

シェア:

下河原吹屋跡

大森町の郊外にある下河原吹屋跡は、1600年代初頭、銀鉱石を処理するための重要な施設の一つでした。この時期、すなわち石見銀山における銀生産の最盛期には、この地域全域で、採掘地近くで小規模な選鉱、製錬、精錬が行われていましたが、すべての工程が集約された下河原吹屋は、仙ノ山の山上にある鉱山集落よりも先進的でした。そのことから、この吹屋が、石見銀山における幕府の出先機関で銀鉱山を監督していた代官所により直接経営されていたことを示唆しています。

 

鉱山からここに持ち込まれた鉱石は、まず粉砕され、その石をふるいにかけて銀を含む小片を分離することで、選鉱が行われます。その後、灰吹法という精錬技術を使って処理されます。この技法は、1533年に朝鮮半島より石見銀山に導入され、上質な銀を大量に生産するための鍵となるものでした。灰吹法とは非常に単純に言えば、鉛を使って製錬する方法です。砕いた銀鉱石と鉛を一緒に熱すると、銀は鉛に結合して合金を形成します。次に、この合金を灰の上に敷き、850°Cの高温に加熱して溶かし、ふいごを使って合金の酸化を促し続けます。合金の鉛分が酸化して灰に吸収され、純銀だけが残ります。下河原ではこの工程が昼夜を分かたず行われ、建造物の壁は耐火性の高い土でできていたようです。また、建造物は屋根が高く、窓が複数あり、煙と硫黄分を含むガスを逃がすために全ての部屋に煙突が付いていたことが特徴です。