石見銀山の価値

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代官所跡

江戸時代、石見銀山は徳川幕府の直轄地となり、銀山とその周辺の統治を行ったこの代官所を中心に大森町が発展しました。代官の責務は、税の支払い、法と秩序の維持、銀山の開発による産出量および効率の向上を確保することでした。代官所はこれらの責務を実行するため、主に税の計算や銀の採掘など、特定の分野を専門とする地元の役人を数多く雇いました。
現在、石見銀山の代官所があった場所には、1815(文化12)年に建てられた門と1902(明治35)年に建てられ、現在は歴史資料館となっている建物があります。
資料館には、中世から1923(大正12)年に銀山が閉鎖されるまでの石見銀山における採掘の歴史が詳しく説明されています。さらに、長年にわたるさまざまな採掘道具の変遷、坑夫やその家族の暮らしぶり、地役人の仕事ぶり、さらには日本国内の別の場所から新たに石見銀山に赴任した代官や役人が、事前に任務を学習した様子がうかがえる教本のような巻物など、実物資料が数多く展示されています。